記憶

この場所に戻ってきたのは十数年振り。


10年以上前、私が高校生だった頃、修学旅行の一環でとある農村で農作業体験をさせてもらったことがあった。たまたま、仕事で近くに来たので、そのとき泊めてもらった家にレンタカーを借りて訪ねてみることにした。


一応、行く前に電話をした。名前を告げると、「よく覚えとらんけど、来たらいいよ。ちらかっとるけんどね。」と懐かしいおばあさんの声が言う。


国道を左折すると、辺りは一瞬にして稲の緑で染まる。狭い道路を抜け、しばらく走ると見覚えのある家が見えてきた。玄関で「ごめんください」と言うと、台所から見覚えのあるおばあさんがそろそろとでてきた。「いらっしゃい。よう来たね。」「にいさん、昔うちに来たんかいね。そうじゃったかね。」


私がおじいさんについて聞こうと思い、ふと見上げると額縁に飾られたおじいさんの写真が目に飛び込んできた。おじいさんは既に他界していた。3年前のことだという。私が泊まったときは、4人暮らしだったが、間もなく子供たちも結婚して家を離れ、今はおばあさん一人で暮らしているのだという。


1時間ほど、話をした。
「大学にそんなに長いこと通わせてもらったんなら、しっかり働いて親孝行しないといかんよ。」
「30までに結婚しなさい。そして新婚旅行はここに来なさい。泊まるところはたくさんあるよ。」
おばあさんの出してくれた梅こんぶ飴と麦茶をいただきながら、そんな話をした。


最後に仏壇に線香を供え、おじいさんに手を合わせた。りんの音が、静かな家の隅々まで伝わっていくかのように響いていた。


「おじゃましました」と玄関前で手を振っておばあさんと別れた。
すると足を悪くしていて、とても歩きにくそうにしていたばあさんが、外まで出てきて、大きな声で「ありがとうね」と叫んだので、私も振り返って「ありがとうございました。また来ます。」と叫んだ。


あと一度振り返ったら泣いてしまいそうだった。