書評未満その1

入門と銘打ってるだけあり非常に分かりやすい、「行動分析学入門」。


行動分析学では、行動とその直後の状況変化の関係性に注目し、それを行動随伴性と呼ぶ。
そして人間の行動原理というのは好子及び嫌子の出現・消失という4つの基本随伴性で説明できるという。つまり、何か行動した結果、自分にとって好ましい、嬉しいことが出現するか、自分にとって嫌なことが消えれば、その行動は繰り返される。逆に自分にとって嫌なことが出現するか、好ましいことが消えれば、行動は繰り返されないようになっていく。


もちろん、これで全て片付けられるわけではないですが、いわゆる「アメとムチ」は、こういう原理に基づいて行なわれているわけです。

行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)

行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)


「アメとムチ」を使った教育は、元来人間は怠け者である、という仮定に基づいているが、実はそうではなくて好奇心旺盛なのであると主張しているのが、「知的好奇心」。


そんな主張を支持する、「感覚遮断実験」という興味深い実験が紹介されている。この実験では、被験者を1日中ベッドでごろごろさせる。食事はちゃんと与え、トイレにも自由に行ける。ただし、視覚、聴覚、触覚といった感覚的刺激がほとんど無くなるようにする。被験者には通常の2倍のアルバイト代が与えられる。人間が元来怠け者なら、これ以上楽なことはない。


しかし、ほとんどの人が2、3日しか辛抱できなかったという。さらに、幻覚が見えるようになるとか、株式市況の放送を聞かせたら、株も持っていないのに熱心に聞き入ったという。これは「情報への飢え」であり、人間が常に情報を求める生き物であることを示唆している。


本当はあるはずの知的好奇心をうまく刺激する、そんな学習や教育ができないものだろうか。

知的好奇心 (中公新書 (318))

知的好奇心 (中公新書 (318))


人間の学習を、伝統芸能・技能の習得プロセスから分析しているのが、「わざから知る」。


いわゆる師匠の家に住み込みながら、技能習得を目指す内弟子制度は特殊であり、学校での教育とは一見、相容れないように思えるが実はそうでもない。


内弟子はいつでも稽古できるので、一番稽古をつけてもらえない。通い弟子は、来たら稽古をつけないわけにはいかない。それでも内弟子が重要なのは、稽古以外の部分、師匠と生活をして初めて学ぶことのできる「間」の存在が大きいという。「間」とは、歌舞伎なら歌舞伎の世界の色々な事柄を結ぶ関係性のような知識とは別の次元のものであり、これを身をもって知ることが重要なのである。


いわゆる知識の詰め込み教育は、数年前は否定され、今はちょっと盛り返しつつあるように思われる。今の教育に足りないのは、詰め込まれた知識の関係性を身をもって知る、そういう機会なのかもしれない。

「わざ」から知る (認知科学選書)

「わざ」から知る (認知科学選書)