ニヘデビール

先週末、ふらっと沖縄へ行った。
旅先では、その土地の酒を味わうことにしている。酒はその土地の水で作られ、その水を飲んで育った人々によって作られ、その土地の祝いの席を盛り上げ、人々の悲しみを癒してきた。こう考えると酒を味わうことは、その土地を味わうことでもある。ということは、つまり、単刀直入に言うと、旅イコール酒であり、泡盛バーに足がのびるのも自然の摂理と言っても過言ではないのであります。


客は私1人しかいない。沖縄の田舎ーの方の出身だというマスターと2人きり。
1杯目に瑞泉の古酒を誂え、午前中に行ってきた座間味島阿嘉島の話をした。海がきれいだった。座間味では、あまりにも天気が良かったので海に入ってしまった。当然、水は冷たくて長いこと入っていられなかった。どっかのおねえちゃんたちは海にどっぷり浸かって、元気にはしゃぎまわっていた。寒くないのか、と訊いたら「もう慣れちゃった」とのことであった。


ニシバマビーチ(阿嘉島)



古座間味ビーチ (座間味島)


マスターは15年前に足を浸かった以来、海には入っていないという。海は見るものらしい。魚屋で刺身を買い、生姜醤油に漬けて酒の肴として海に持っていき、酒を飲みながら海を眺めるのが幸せだという。この人、相当のんべえと見た。


マスター曰く、沖縄の離島も観光客に対応できているところとできていないところがはっきり分かれてきていると。以前、伊是名島に行ったときにレンタサイクル屋のおっちゃんが「この島は観光に力入れないから人気が無い」と言っていたことを思いだした。特に阿嘉島は、本当に人っ気が無く、ダイビングをするなら別だが、食事をする場所を探すのも大変そうな島だった。でも、こういう島はこれでいいのかもしれないとも思う。あまり人の手が加えられていない島も残っていてほしい。


2杯目はマスターにおすすめを選んでもらった。田舎くさーいやつがあると言って紹介されたのが、久米島にある米島酒造という笑ってしまうほど小さい酒造所で造られているという美ら蛍である。何でも久米島で8割消費されるので県外にはなかなか出ていかない酒らしい。
マスターの言う通り、口に含むと主張が激しく、独特のにおいがある。シングルモルトで言えば、アイラモルトのような感じだろうか。粗っぽいのだけど、それでいてクセになる。


「酒はね」、とマスターは話し出した。「嫌いって言ったらかわいそうなんです。みんなこれがうまいと思って作っているんだから。そういうときは、ちょっと自分には合わないなって言うんです。合う合わないっていうのはあって当たり前なんです。」
人間同士も同じかもしれないと思った。


3杯目の龍泉を飲み干した。2時間以上、閉店近くまでいたが結局私以外に客は来なかった。今日は沖縄の人は動かない日らしい。また、ここのバーが空いているときは、近くの別のバーに人が入っていることが多いらしい。閉店後、そこに飲みに行くらしい。はは。


会計をお願いすると、「ニヘデビール」とマスターが言った。ニヘデビール?ニヘデビールとは沖縄で有名な地ビールの銘柄である。会計だと言ったはずだが、はてビールが出てくるのだろうかと不思議に思っていると、普通に会計が始まった。2400円。安い。


実は「ニヘデービル」と言っていたらしく、これは沖縄の方言で「ありがとう」という意味らしい。そのとき確かに、マスターは丁寧に、気合を入れて「ニヘデービル」と言ったのだった。それは沖縄の言葉、酒、文化を大事にしたいというマスターの信念を感じた瞬間だった。やはりこの人、ただののんべえではない。